黒子の旋毛を見ながら、流れに沿って髪を撫でた。その手で頭を俺の腰に押しつけるようにすると、拒むように歯を立てられた。そのくせ歯を立てたそこを舐めるやり方は、傷ついた子猫を労る母猫のようで、素直じゃないというより、慣れていると思った。
もう出そうか、とぼんやり考えたが、もう少しこのやる気のない口淫を受けていたい気がした。
ふいに黒子は顔を上げ、俺を見るでもなく視線を横にやった。時計?
「帰れなくなりますよ」
「いいよ」
時間を見て呟いた。しかし、気にはしなかった。今日くらいはいいじゃないかと思ったからだ。それより俺の頭を占めるのは、いつ出すかとか、どこに出すかとか。
「まずは飲めよ。な?」
でもそういえば、誰も一度きりとは決めていない。
ああ今日の高尾は十一位か、などと考えつつ、今日もおは朝を見ていた。一位と十二位の同時発表を心待ちにしていると、なんとかに座が十二位の方だった。
だがしかし、俺は取り乱さない。何故ならラッキーアイテムがあるからだ。それでどうとでも挽回できる。俺にぬかりはない。
「俺と一緒に帰らないスか黒子っち」
「黄瀬くんと二人で、ですか?」
「他に誰がいるっていうんスかー」
「緑間君とか」
「……よりによって緑間っちスか」
「学校帰りまで黄瀬くんと一緒だなんて……」
「ええっそれってどういう……」
「少し考えれば分かりますよ」
「せめてヒント欲しいんスけど」
「黄瀬くんに考えてもらわないと、僕が困るんです」
「俺、に?」
「でも期待はしない方がいいかもしれません」
「今日どうしちゃったんスか黒子っち」
「……少なからず黄瀬くんのせいですよ」
「もうはっきり言って欲しいっスよー……」
「よく考えて下さいよ。……考えなくてもわかってください」
「そんな無茶な!」
「真ちゃん、一個聞いていい?」
「質問によっては蹴るぞ」
「何でバスケしても眼鏡ずれねーの?」
「時々位置を直すこともある」
「落ちたりはしないじゃん」
「……今まで特に意識していなかったな」
「じゃあ真ちゃんの工夫じゃなくて、眼鏡側に秘密があるってわけ?」
「普通の眼鏡だと思うのだが」
「えー本当?かけてみてもいい?」
「汚すなよ。ほら」
「サンキュ、わ、くらくらする」
「…………高尾」
「何?」
「俺の前以外で眼鏡なんかかけるなよ」
「もしかして見てられないぐらい似合わない?傷つくなー」
「……逆だ、馬鹿」
“緑間”から“真ちゃん”に変わったのは、初めてのキスの後だった。
「もしかして、ファーストキスだった?」
「……男とするのは初めてなのだよ」
「マジで?うわーどうしよ。
真ちゃんのはじめてもらっちゃったー」
「何なのだよそれは……」
「緑間って呼ぶより近いっしょ」
「……好きにしろ」
「サンキュ、真ちゃん。」
朝練前の校門で抱きついて来る高尾の笑顔が、朝日より眩しかったものだから、その時既に片鱗を見せていた温い亀裂には気づかなかった。熔けていく。
(※高緑高前提)
「嫌いになるの嫌だから、好きにならねーの、俺」
「部屋片付けないのも一緒。綺麗だと、汚れるの嫌になるっしょ?」
どこにでもある没個性的な喫茶店、午後六時。何だか、とても大切なことをさらりと言われてしまった気がする。
「だからさー、俺の部屋に足の踏み場がないのは片付けが苦手なんじゃなくって……」
「だから僕のことは好きになれないとでも?」
「ん?ああそうそう。そーゆーこと」
「……」
「ごめんね。みーんなそうなの」
普段は飲まないアイスティーの氷が鳴った。それがまるで、僕の動揺を笑うようで、下腹部がすっと冷えていく。
「……緑間君、は」
「真ちゃんはねー例外なの。初めてよ?こんなの」
「イケナイところ越えちゃった。」
うっとりとした笑顔に唇を歪め、しかしその瞳は得体の知れない何かを怖れていた。
赤い糸をズタズタに切り刻んで、辛うじて指に絡まる残りを無理矢理自分の物と結んで、繋ぎ止めるように。
「黄瀬くん、痛い、です」
「ありがと黒子っち」
「……」
「俺も黒子っちのこと、大好き」
笑む喜瀬くんの言葉には、糸では足りないとばかりに、首輪も足枷も手錠も用意されている。
(※成人/双方既婚)
高尾は、何と言った?
喧騒と懐古の宴会場、同窓会。テーピングのない指は箸を置いて徳利へと揺れる。右隣では長い年月を経て髪も薄くなったかつての委員長がその隣の男と笑っている。
(※不特定多数×高尾/強姦)
黙って耐えていれば短時間で済んだのは最初の数日だけで、それからは歯を食い縛っていることすら気に入らないと、更に手酷い扱いになった。