珍しく一人で庭にいる兄さまを見つけた

「兄上」

思わず声をかけてしまう
今は俺も一人で、邪魔な側近どころか司馬懿さえいない(つまり二人きり)

「…植」
「何してるの?」
「……、別に」

兄さまは俺が傍に行くのを嫌がる
きっと司馬懿が何か吹き込んでいるに違いない
(忌々しい)

「なら兄上、詩を詠ってよ」

逃げるように立ち去ろうとする兄さまの、案外細い手首を掴んでそう言った

「詩?」

眉間にはいつもの倍皺を寄せて(その顔、好きだよ)

「うん、詩を」

そう言い終わるや否や手を振りほどかれる
力じゃ兄さま達には適わないことも承知しているので、俺もそれ以上は何もしない

「お前に詩を催促されるとはな」
「どうして?俺、兄上の詩好きだよ」

本当のことを言ったのに、兄さまはふんっと鼻で一蹴すると

「詩なら父と詠えばよかろう」

そう自嘲気味に俺を嘲笑った
(嗚呼その顔、その声も、)

「…俺は兄上の詩が好き、詩を詠う顔が好き、声が好き」

兄さまの詩はとても綺麗で繊細で、哀しくて(それは兄さまそのもののよう)
ぜんぶぜんぶ、俺のものにしたいのに、
(――貴方が憎いよ)

長い前髪を掴んで此方を向かせる
痛がる顔も、すべてが愛しくそして憎い


「俺は子桓兄さまが好き」


そう深雪色の瞳を見つめて言う
氷の瞳は面白い程動揺し、刹那、

思い切り殴られた


「――っふざけるな」

凍てついたような無表情でそう吐き捨て、俺が痛みに唸っている間に踵を返すとそのまま城へ歩んでいく
手を伸ばしたが既に遅く、両腕は虚しく空気を掻き抱いただけだった


「、また掴み損ねた。」



ねえ、こんなにも愛しているのに
それだけが俺の存在理由なのに、それすら否定し孤高の玉座で踏ん反り返っている貴方が憎いよ
高嶺の花にでもなったつもりなのなら俺は貴方を赦さない

(いっそ俺も彰兄のように殺してくれたのなら救いもあるだろうに)(だのに花は高嶺に独り鎮座し枯れるのをただ待つだけ)

だったら、ねえせめて



(せめて俺の哀しい愛に詩を下さい)










君さえここにいなければ

(こんなにも醜い愛を詠わずにすんだのに)