《夜空の仮面舞踏会〜アバプリ〜》
【あなたを今夜、夜空の仮面舞踏会へご招待します】
そう書かれたあなた宛の招待状に指定された会場を、馬車のお迎え付きで訪(おとず)れ、玄関までは御者(ぎょしゃ)に、玄関の中に入ってからは執事らしき人物に案内されるままに、大きな玄関ホールの階段を登った先には、一面の夜空が広がっていました。
途中までは見えていた会場の建物の、贅(ぜい)を凝(こ)らした、けれど品の良い内装の景色は消えていて、今しがた登ってきた階段も消えてしまっています。
ハッとして足元を見ると、床も消えていて、深い蒼色(あおいろ)の星空に放り出された形です。
「あっ!」
落ちる! と思って目をつぶって身構えたけれど、意外なことに足は地についたようにしっかりと支えられている感覚があります。
恐る恐る目を開けてもう一度足元を、今度はよく目を凝(こ)らして見てみると、やっぱり何もないように見えます。
そこでさらによく見るためにしゃがみこんでみると、何か人影のようなものがじっとこちらを見つめ返していました。
「!?!!」
声にならない悲鳴を上げて、その場から飛び退(の)こうとして尻餅(しりもち)をついてしまいます。
「…………ん? あれ?」
最初は未知のものへの恐怖と打ちつけたお尻(尾てい(←文字化けする漢字)骨(びていこつ))の痛みに意識が向いていたけれど、しだいに尻餅をついた時に一緒についた手の平に感じる固くてひんやりとした感覚に気づきます。
固くてひんやりとしたものについた手に力を入れて体を起こして、もう一度しゃがみこんだ姿勢になって下を覗(のぞ)き込むと、そこにはうっすらと影が見えて、こちらを覗き返す自分によく似た姿が、瞬(またた)く無数の星と一緒に映っています。
「ガラス……の床、なのね?」
床が透明なガラスでできていることに驚きと感心してしまいます。
「乗っていて急に割れて、夜空に落ちるなんてことにならないかしら?」
そう自分で言っておいて“夜空に落ちる”という、日常では使わない言葉のおかしさに気づいて、目を丸くして思わずくすりと笑いかけた時、何かの音が聞こえていることに気づきます。
ブンチャッチャ、ブンチャッチャ、ブンチャッチャ、ブンチャッチャ……
耳を澄まして聞いていると、それは独特のリズムを持った音楽でした。
「ワルツ……?」
どこから曲が流れてくるのかと周囲を見渡すと、仮面をつけた男女が複数のペアになって踊っています。
男性は燕尾服(えんびふく)やタキシード、女性はきらびやかなドレスを着ていて、床がガラスでできていることをまるで気にせず、曲に合わせて優雅にワルツのステップを踏んでいます。
一面に広がる夜空の中、その光景はとても、とても、幻想的でいつまでも見入ってしまいそうです。
「キレイ……それに、なんて楽しそうなのかしら?」
そこへ人影が近づいてきてこう言いました「レディ、どうぞ一曲お手合わせを」。
その人物は仮面を着けていましたが、自分をこの仮面舞踏会の会場まで馬車で連れてきてくれた、御者だと気づきます。
御者といえども礼装で燕尾服を着ていたのですが、御者にしてはずいぶん使っている服の生地(きじ)も、仕立ても良いものだなぁと思って、好奇心からでよーく見ていたので、見覚えがあったのです。
「(わたしの相手は御者さんなのね。でもダンスの相手が誰もいないよりは良いわ。
だってこの素敵な場所で、踊らずに壁の花になっているなんて!
あ、でもここにはガラスの床はあっても壁は無いから本当に壁際(かべぎわ)に立つことはできないけど……もしかしたら壁も透明なガラスでできていて、あるのかもだけど、それを確かめる勇気はないわ。
もし壁が何もなくて、そこは“端っこ”で床も途切れていて、それに気づかず落ちてしまったら……。
これはきっと夢だと思うけど。落ちてしまったら夢から覚めてしまうと思うから……夢でもまだ覚めてほしくないわ!)」
あなたは御者の手を取ると、たどたどしくも御者のリードに任せて踊り始め、夜が明ける気配のない全面星空のステージで、いつまでも、いつまでも、楽しく踊り続けるつもりでした。
『──おねえちゃん、おねえちゃん、起きて! 風邪引いちゃうよ?』
目の前には夢の中で見た執事を幼(おさ)くしたら似ている弟がいて、続いてさっきから腕の下で冷たく感じていたガラス製の絵皿が目に入ります。
それはあなたがこの数日、試行錯誤(しこうさくご)してデザインした、美術品としての新作のガラスの絵皿で、そのタイトルを考えながら、いつのまにか寝入ってしまっていたようでした。
ガラスの絵皿は、全体的に泡になった空気が入った気泡(きほう)ガラスで、縁取(ふちど)りは透明で、中心部分が夜空を模(も)した深い蒼色(あおいろ)で、大小まだらに入った泡が無数の星や、何組もステージに散らばってダンスを踊る男女のように見えます。
気泡は今にもシュワシュワと音を立てて弾(はじ)ける炭酸水の泡のようで、それは旋律(せんりつ)を奏(かな)でているようです。
トンッ、と皿が乗ったテーブルに何かが飛び乗ってきて、ニャーン!(ごはんまだかニャーン?)と一声、鳴きました。
その姿はどこかで見たことのある……夢の中での御者の着ていた燕尾服のような黒い模様の入った、黒白のオス猫です(※)。
「…………タイトルは『夜空の仮面舞踏会』に決まりね」
※※これはフィクションです※※
2024-2-14 23:52
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