俺はわざと姿がバッチリ見られるようなところに立つ。
暗いけど、相対してる奴等が数十人いることがわかる。
……そろそろ、だ。
「そこで何をしてる!!」
「はいざーんねん。一歩遅かったぜケーサツ共」
ガラスケースを壊して手に入れた美術館の展示品である結晶をおもむろに見せる。
「お、お前……怪盗か?!」
一人の警察の言葉でフッと薄く笑ってしまった。
「怪盗、怪盗ねぇ……今までは一般人のモノを盗ってた普通の『泥棒』だったけど、美術館でこーいうのを盗る『怪盗』もいいかもしれないな。まあ、どっちも窃盗を犯す仕事だけど」
結晶をおもむろに見せたまま言う。警察の方々は動揺してくれていて、すごく面白い。
「んー、俺も何か目的があってこれ盗んだワケじゃないけど、何というか俺の『遊戯』だけで盗んだ。納得できます?」
「誰が納得するか愉快犯!」
「さて、在り来たりな台詞でも言っとこうか…これ、返して欲しければ俺を捕まえてみろよ」
そう言って、踵を返し一目散に走って逃げた。
後ろから追う足音が聞こえてくる。
一人の警察が追いつきなんとか俺を捕まえようとしたが軽い足取りで避け、曲がり角をうまく使って一時的に警察を振り切った。
「…これ、本当に価値なんてあるのかよ」
盗った結晶を見て、ぼそっと呟く。そういえばチヒロはうまく逃げてるだろうか。
やり過ごせているかあるいは警察に見つかってるか……。
悩んだ挙句、きっとまだ館内にいるであろうチヒロを探しに行くことにした。
影から様子を伺うと警察の方々が一生懸命捜索中だった。ここで出るとか自殺行為になりそう。
「…えっと…あのっ………!」
聞き覚えのある声が後ろの方から聞こえて振り返る。やっぱり、チヒロが見つかっていた。
想定外のことでチヒロは焦って目を逸らしたりしていた。
「なぜ上杉家のお嬢がこんなところに…? ま、御両親に迎えに来てもらうように連絡するから、署まで来てください」
「や…嫌ですっ…!」
警察の手を振り払うようにチヒロは後退りする。
こうなったときの対策方法ぐらい考えてるが……実行してみるか。
そう決めて、俺は素早くチヒロと警察の間に入って警察に不敵な笑みを見せる。
「いたぞ!」
「たちば……きゃっ…!」
突然の出来事で困惑しているチヒロを抱きかかえ、さっき把握しておいた脱出ルートへ逃げる。そのまま逃げるのは面白くない、そう思って警察が集まってるところを見る。
「…美術品と上杉のお嬢は貰っていくぜ」
そんなよくあるような台詞を言って外へ逃げる。
美術館から少し離れた大通りの路地裏に逃げ、未だに困惑中のチヒロを降ろす。
「ありがとうございます、橘さん」
チヒロは感謝の言葉を述べたが俺はギロッと睨む。そんな俺を見て「ひゃっ…」とチヒロは怯えた声色で言った。
「…あのなあ、お前ホント世間知らずのアホか! のこのこ警察の前に出た挙句、すぐに見つかるとかただのアホだろ!! あと、あそこで俺の名前呼ぶな。名前がバレるだろーが」
「ひゃあぁ…すみません……あ、橘さんお一つ質問です。あのどこぞの怪盗が言うような台詞は何なんですか?」
空気読め世間知らずお嬢、と俺は思った。
「…思いつかなかったんだよ。わ、悪かったな…! あれ、言うの結構勇気いるぞ」
「確かにそうですね」
チヒロはクスッと笑う。
このお嬢にはわかりはしないと思うが、あの台詞言うにはは結構度胸がいる、言ったやつは勇者と言ってやりたいぐらい。
「橘さん、まさかと思いますが姿は見られてませんよね…?」
「大丈夫だろ。暗かったし、しかも前髪で左目隠れてた。さすがのケーサツ達も俺の顔見れてないだろ」
「指名手配、とかされるんですかね? なんか今回は怪盗らしいことしたんですし」
「指名手配とかごめんだ。俺の嫌いなケーサツと探偵が関わるから。しかも名前知られてない」
「この際だから、怪盗ネーム的なのを名乗ればいいんじゃないですか? 橘とかの」
「嫌」
「…ですよね」
そもそもチヒロだけに教えてる『橘』という名前は、もろに本名入ってる。というか俺は名乗らない主義。
「それより、ここどこですか?」
「大通り。ゲーセンとかそういうのがあるところ」
「ゲーセン! 面白そうですね!」
チヒロが目をキラキラとさせて俺を見る。……少しぐらいなら、いっか。財布に小銭ぐらい入ってたはず。
「時間あるからいけるか…23時には家に帰さないと、お前の親がケーサツとか探偵呼ぶだろ?」
「そうですね。…では、そうと決まれば早速行きましょう! 私、初めてなので楽しみなんです」
お嬢にとって庶民の遊び場がそれほど楽しみなのか、チヒロは俺の手を引いて一直線にゲーセンに入っていった。
*
入ってすぐに人が絶叫しながらゲーセンを出て行った。しかもその人は巫女服の男。そいつは「琴羽とゲームするのもう嫌だあああああああ! 俺のプライドズタズタああ!!」と叫んでた。…一体何があった。
「橘さん、ゲーセンって傘売りの人もいるんですね」
チヒロの方を振り向くと、UFOキャッチャーの前のところで持参物であろう敷物に座って傘を売っている少女…がいた。近未来大名って、漫画の読みすぎだと思う。
「おいそこの者」
傘売りの少女に声かけられた。
「近未来大名・柚葉の傘…今なら割引きにするが、どうだ?」
「あ、遠慮しときます」
断っておいた。その少女が不満げな顔をして刀を抜こうとしていたが、見なかったことにしてチヒロを連れてその場を去った。
「類稀なる電脳銃士よ! 禍神様に愛されし俺から、決闘を申し込む!!」
「決闘! 面白そう、やろやろ中二くん!! で、何で勝負するの?」
「格闘ゲームだ!! 俺が勝ったら禍神様を信仰してもらうぞ!」
「オッケー。もしあたしが勝ったらー…今夜オールナイト休憩なしでゲーム完全攻略に、付き合ってもらうよっ!」
格闘ゲームのところには中二発言する少年と電脳銃士と呼ばれてる少女がいた。
「琴羽さんのオールナイトゲーム完全攻略、楽しそうですね」
「やめとけ由茉、あれは琴羽以外のやつがやったら死ぬ。この前は暁が餌食になってたから」
「もー、人聞き悪いなあサクヤ兄! 暁生きてるじゃん!」
「今はな。あいつ、お前の餌食になったあと目が死んでた」
「あのあと暁、ちづるに甘えてきてうざかった」
「ちづるさん、毒吐きまくりですね。あ、そういえば暁さんどこに行ったんでしょうね…?」
「しょうがない。ちづる、暁探してくるね」
そんな会話をしていた学生達の会話を聞きながら俺は金の両替をしていた。
「今日は学生が多いですね」
「変な奴もいるから気をつけろよ。時には不審者っぽい人も」
「犯罪者の橘さんが言えることでは無いと思います」
「はいはい」
両替した金を財布にいれて、ポケットにしまった。
「あ、橘さんあそこのやつやりたいです」
「UFOキャッチャーか」
「あの人形のやつです」
チヒロが指差した先には二足歩行の猫が景品のUFOキャッチャー。猫が二足歩行はあり得るはずな…あるか、モンハンのアイルーは二足歩行だった。でも二足歩行の猫は違和感がある。
「まあいい、やってやるよ」
財布から百円玉を出して入れる。
どうやって取るかの知識はあまり無いが勘で操作してみる。
「おお……! そう動くんですね」
チヒロが関心してるが、もちろん取れてない。掠ってもない。
実を言うとUFOキャッチャーは、友達に任せてたからあまり経験は無い。
「難しいんですね…」
「おい、お前!」
急に声が聞こえて振り向くとさっき絶叫しながらゲーセンから出て行った巫女服の男だった。
「俺がやってやるから代われ」
巫女服の男は俺が持っていた百円玉を取って、慣れた手つきでUFOキャッチャーを操作した。
その男は簡単に景品を取った。プロかと思った。
「ほら、やる」
「あ…ありがとうございます!」
「暁! やっと見つけた…!」
「…お、ちーづーるぅー!!」
俺が礼を言おうとすると巫女服の男は少女の方に走って行った。
………変な奴。
「可愛いですこの人形」
「そ、そうか…?」
「はぁー、もう満足です! 眠たいので家帰りましょう」
チヒロは眠たそうに欠伸をする。
まあ、お嬢は夜遊びに慣れてないからしょうがないか。
チヒロに帰ると声をかけて、主に学生達で賑わうゲーセンを出る。
「…まだ親、仕事中っぽいです」
「そうか。なら良かった」
「今日はここまでですね」
「ああ」
「それでは、おやすみなさい泥棒さん」
「おやすみお嬢。また今度な」
二人でクスッと笑いあって、別れを告げた。
今夜も長い泥棒としての時間が終わった。特に今日はスリルを味わったり、夜遊びしたり…
盗んだ結晶を眺めて今日のことを思い出し、微笑する。