たくさんの想いを連れて,本日『神様のカルテ』を観に行きました.
去年の6月8日から会いたくて堪らなかった一止さんに,ようやく会うことができました.
「ここは翔くんのお気に入りのシーンだ」
「翔くんの意見が採用されたおにぎりだ」
「あおいちゃんや監督がこだわったシーンだ」
雑誌やテレビから受け取った想いがシーンこどに浮かんで,より一層『神様のカルテ』の世界に入り込むことができました.
翔くんが悩みながら向き合った栗原一止という人物が,そこにはいました.
決して器用な人ではないけれど,目の前のことから目を逸らさず,悩みながらも真っ直ぐに向き合うことのできる,優しくて愛しい人.
そして,誰よりも格好いい人でした.
会いたくて堪らなかったからか,一止さんの姿を確認した途端,様々な想いと共に涙が溢れました.
堪えきれなくて,何度か歯を食いしばりましたが,込み上げる涙を止めることはできませんでした.
人前で泣くのは恥ずかしい,そんな思いがあって家族の前でも泣かないのですが,今日ばかりは母が横にいようが,公の場であろうが,止めることはできませんでした.
こんなに泣いたのも初めてかもしれません.
声を出して泣きたいぐらいでした.
自然と涙が出て,涙が止まらないというのは,こういうことなのだと実感しました.
とても気持ちの良いものでした.
悲しいだけじゃない,観る人にも寄り添い,優しく語りかけてくれる温かな作品.
誰にでも訪れる死というものを,また,生きるということを考えたとき,この作品が,一止先生が優しく寄り添ってくれるのだと,観る前に感じていた思いが確かなものへと変わりました.
それは演じるのではなく,栗原一止という人物を苦悩や葛藤と共に翔くんが受け入れたからこそ,そこから発信されるメッセージや想いに私も向き合うことができたのだと思います.
命が終わり,命が生まれる.
それを繰り返しながら,人と人が繋がり,寄り添い合って生きているのだと,そう教えてくれたような気がしました.
本編が終わると同時に退席される方がいましたが,最後まできちんと目に焼き付けてきました.
エンドロールに翔くんの名前が流れて,私も何だか誇らしくて,達成感のようなものを味わいました.
あの世界にいる人たちは,とても愛しい人でした.
翔くんが一止さんと歩んだ悩みに悩んだ1ヶ月半は,とても優しい時間でした.
『神様のカルテ』にかかわるすべての人に心より感謝と愛を.
近々,また優しい世界へ行こうと思います*^^*
翔くん,ありがとう.
素敵な作品を,本当に本当にありがとう.