継承式の最中に拉致されたクロームを追いかけた所までは覚えている。
その後不意に背後から現れた敵の攻撃を避けきれず、意識を失った。
次に目を覚ますと、そこは見たことのない部屋の中。痛む頭を押さえて身体を起こす。
ジャラ、
「っ、」
身体を起こすと同時に感じる違和感と金属音。視線を向ければベッドに固定された鎖が見え、それは己の片足と繋がっている。
幸いそれ以外拘束されてはいないが、鎖の長さからして動けるのはせいぜい部屋の中を歩くくらいだろう。
「………はぁ…」
無意識に溢れたため息。
無駄だと思いつつ鎖を引っ張るも、ガシャンと大きな金属音をたてるばかりで外れそうもない。クイーンサイズはあろうかという大きなベッドもビクリともしない。
(綱吉達、大丈夫かな……)
残してきた仲間が気がかりだった。ボンゴレの罪と罰。初代コザートの血を手に入れた彼らとの力の差は歴然。あの恭弥ですら地面を這いつくばるしかなかったのだ。
「くそっ……」
何が、どうなっているのか。
仲が良さそうに笑っていた炎馬と綱吉を思い出す。一旦、何がどうなって……。
ガチャリ、
「っ!」
不意に部屋のドアが開く音がした。
視線をそちらへ向けると、飛び込んでくる1つの人影。
「きゃっ、」
「!」
後ろから誰かに突き飛ばされるようにして部屋の中に入ってきたのは、並盛中の制服を着た夏希だった。
「っ夏希ちゃん」
床に倒れる彼女を抱き起こす。その間に扉はガチャリと音を立ててしまった。ご丁寧に鍵まで閉めて。
「夏希ちゃん、大丈夫?」
「せ、んぱい……っ」
震える彼女の背をそっと支える。見たところ拘束された様子はなく、外傷もないことにホッと息を吐いた。
「先輩、こ、怖かったです…っ」
「…大丈夫だよ」
「うわーん…っ」
泣きじゃくり、海人にしがみつく夏希。落ち着かせるように背中をさすりながら、何故か胸がざわりと音を立てた。
(…?…)
「何があったか話せる?」
「……っ、分かりません。気づいたらここに…」
「そっか、」
「私、すっごく怖かったです……」
泣きながら海人の胸にしがみつく夏希。そのまま海人を見上げると、上目遣いのまま手を伸ばす。
「継峰先輩、わたし、怖い…っ」
「ごめんね。俺も何が何だかよく分かってなくて……でも、俺が何とかする。夏希ちゃんには手を出させない。だから、」
「……先輩っ!」
その言葉に不安そうな表情から一変して嬉しそうに、笑う夏希。
「嬉しい……継峰先輩が守ってくれるなら、安心ですね!」
「……」
「先輩、もっとぎゅーってしてもらえますか?先輩に抱きしめてもらうと、私すっごく安心するんです」
「……」
「先輩?」
こちらを見上げてくる彼女は、夏希のはずで。
ふわりと柔らかい黒髪も、
大きな黒い瞳も、
優しい声も、
間違いなく夏希だと断言できる。
(な、んだ……?)
なのに違和感が止まらない。
彼女が身体にふれると、嫌悪感すら感じる。
「きみ、は……っ」
冷汗がツーっと背中を伝う。
無意識にしがみつく彼女を離す。
「継峰先輩?」
不安そうにこちらを見つめる姿に心が揺れる。でも、何かが可笑しい。
理屈じゃない直感のような感覚が、彼女を拒否する。
「…っ、」
「どうしたんですか、せんぱい?」
「きみは……っだれだ」
どくん、どくんと心臓が大きく鼓動する。目の前の夏希が首をかしげた。
「やだなー、夏希ですよ」
「違う、夏希ちゃんは……守って欲しいとは言わないし、自分が怖くてもまず相手の心配をする」
「………」
「それに、夏希ちゃんはそんな風に笑わない」
「………」
「きみは、誰だ?」
「ヌフフ……」
「っ!」
「思っていたより、早くバレてしまいましたねぇ」
顔も声色も夏希のままなのに、一瞬で雰囲気が変わる。口角を上げると、優雅に微笑む。
「まあ、だがしかし計画は順調に進んでいるといっていい」
「お前は……っ」
「ヌフフ…。この姿のままでは、分かりづらいでしょうか。しかし、貴方とは、私自身の肉体を手に入れてからお会いしたい」
「っ、」
ぞわりと、背筋を悪寒が走る。
思わず後ろに後ずさる。
下がった身体を、夏希の姿をした‘誰か’が掴む。
そのまま頬に手を添え、耳元へ口を寄せた。
「時間はたっぷりとあります。思い出して下さい。貴方と私を繋ぐものを」
吐息が言葉とともに耳から入る。顔をしかめれば、遊ぶように耳介をペロリと舐められた。
「っ…や、めろ」
反射的に夏希の手を振り払えば、楽しそうに声を上げて笑う。
「ヌフフ…言い忘れていましたが、この身体自体は夏希という少女で間違いありませんよ。いらない中身は消え去っているかもしれませんがねぇ」
「…っ憑依か、」
「正解です。さあ、楽しみましょう。身体だけとはいえ、貴方は彼女を拒否できますか?」
「っ、」
「ヌフフ。大丈夫、優しく抱いてあげますよ……器があの時と逆の性別というのも面白い」
「あの時…?」
「……忘れてしまいましたか?私は忘れたことなど、一度もないのに」
ねぇ、ガイア?
ゾグッ、
腹の底から湧き上がる気持ち悪さ。
分からないのに、
知らないはずなのに、
目の前の‘誰か’の言葉に、心臓が鼓動を早め鷲掴みにされたように苦しくなる。
「俺は…っ、ガイアじゃない……っ!」
「ヌフフ……今は忘れているだけ。いずれ思い出しますよ。同じ魂を持つ貴方なのだから」
「なに言って……っ」
‘誰か’は夏希の姿のまま再び近づくと、海人の胸に手をあてた。そのまま、服の上を滑るように下ろしていく。
腹の下まで手を滑らせると、服の上からソレをそっと撫でる。獲物を狙う獣のように自身の唇を舐めた。
「っつ……ぁっやめ、ろっ」
「ヌフフ……やっと、やっと想いが成就する」
狂った劇の幕が上がった。
楽しそうに笑い声を響かせて、目の前で行われる行為はなんだろうか。
「ひ、…っ」
「大丈夫ですよ、私に全て委ねて下さい」
ベッドに縛りつけられ身動がとれない俺の上に、跨がる夏希。
服をはだけさせ、素肌に舌で触れていく。
決して暴力的ではなく、宝物を愛でるような行為。
嫌だと首を振る度に、何故か笑みを深くする。
「貴方達は恋人同士だというのに、まだシタことがないようですね。ヌフフ…すぐに良くなりますよ。私はずっと、ずっと……貴方とこうして、」
「っ」
ポタ、ポタ、
「おや、おかしいですね」
「っ、」
不意に止まる行為。
震えている夏希の手。
首をかしげて自身の手を見つめる。
その間もポロポロと瞳から流れる大粒の涙。
言葉と身体が一致しない。
(……っ、)
「……な、つき…?」
不意に口から出た名前
目の前で震えて動かない手を、不思議そうに見るのは、憑依した知らない‘誰か’のまま。
憑依されると本人の意識はない。
なのに、
なぜか……
きみが泣いてる気がした。
「……大丈夫だよ、」
指を伸ばし、溢れる涙をそっとはらう。彼女へ届くように、彼女へ語りかけるように言葉を紡ぐ。
「夏希ちゃん、」
ごめんね、
巻き込んで、ごめん。
きっときみのことだから、俺に悪いと思って泣いているんだろう。
こんな状況になった責任は俺にあるのに。
‘せんぱい、’
聴こえるはずのない夏希の声が聴こえた気がした。
「一緒に帰ろう」
未来から帰ってきたように、皆で。
「……おや、」
涙と震える手が止まり、驚いたように目を大きく開いて海人を見る。
「こんなことは初めてですが、まあ……いいでしょう。絆が深いということはそれだけ利用価値があるということですから」
「お前は……っ」
「そう、時間はたっぷりある」
一瞬の沈黙の後、海人の上から下りベッドサイドに立つ‘誰か’
「遊んでないで、そろそろいきましょうか。私にはまだやるべきことが残っている。軟弱なボンゴレ10代目ファミリーを解体するという、ね」
「まて…っ!」
「ヌフフ……その後で沢山話しましょう。私のこともゆっくり思い出して下さい」
「何言って…、」
「……今度こそ、間違えない」
不敵な笑みを浮かべ、霧のように夏希の姿は消え去った。
***
継承式編。
Dと海人くん、夏希ちゃんを出演させてみました。
以前悠太さんのサイトにアップされていたガイアさんとDの関係を拝見して、色々と妄想…!Dさんはどこかで壊れちゃったんでしょうね…。始まりはこうではなかったはずなのに。この場合誰が助けてくれるんだろう…。
駄文失礼しました。