たくさんの人が、俺のことを祝ってくれる。だからこの日がとても好きだ。小さい頃からずっと楽しみで、今でもわくわくしてくる。俺は神の使いだから、これから何十回、いや、百を越えるくらいこの日を迎えるだろう。それでも、このわくわくとした気持ちは失いたくないし、忘れたくないなと思う。
「秋雅、秋雅」
呼ばれて振り向くと、小麦色の手が俺を呼んでいる。
「どうしました?」
俺を呼んだ主、任さんは嬉しそうに笑うと俺の手首を掴む。
「秋雅とちょっと話したくって 」
俺は任さんに引かれ歩いて行く。少し疑問を抱きつつ。でも、俺はそれを聞くことはしなかった。
「適当にそっちのベッドの方に座っちゃって。椅子に座るのも堅苦しくて嫌だし」
俺は任さんの部屋にいた。あまり来たことのない部屋だ。任さんと同じ部屋の泰平さんはいない。どこかに出かけているようだ。綾妃は普段ここにいるのかも俺には分からない。ただ今はここにいないし、あまり綾妃の私物らしきものもない。
任さんに言われるがままにベッドに腰掛ける。任さんは俺の隣に来た。その笑顔は嬉しそうなまんまだ。
「秋雅、誕生日おめでとう」
「ありがとうございます、任さん」
任さんはうんうんと頷いて俺の方を見ている。どうしたんだろう?今まで任さんとこんなことはなかったから、どうしたらいいものかと思う。俺は落ち着かなかった。
「ええっと…任さん?」
「なあに?」
呼んだ理由も分からないまま、任さんは何も言わないから、痺れを切らして俺の方から話題を切り出す。任さんはずっと笑っている。
「話って何ですか?」
「んー、そう重要な話でもないんだけど」
任さんはそこで少し間を置く。表情からも察するに、何か考えているようだ。 しかし、その表情もすぐに戻る。
「誕生日って楽しいよね」
不意を突かれてから思い出す。任さんもつい先日誕生日だったっけ、と。
「はい、凄く!…任さんも楽しかったんですか?」
任さんの笑顔が更に眩しくなった。
「うん!凄く楽しかったよ!あんな誕生日、俺、初めてだったんだ!」
「それは良かったです」
初めて、という言葉に引っかかりを覚えた。俺にとっては誕生日が楽しい日であるのは当たり前のようなところがあった。でも、任さんにはそれは当たり前じゃなかった。
「ねえ、秋雅?少し聞いてくれる?…俺の誕生日のこと」
俺は頷く。任さんは笑った。
ーーー俺はね、物心ついた時には家族が兄さんしかいなくて。友達もいなくて。毎年、兄さんだけが俺の誕生日を覚えてくれて祝ってくれた。俺はそれだけでも嬉しかったんだ。兄さんは喋ることが一時まで全く出来なかったし、その後少し良くなっても、多くは話せなかったけど、それでも俺のために頑張ってくれたことが嬉しくて。
俺にとっては、誕生日って『兄さんが俺のことを一番考えてくれる日』って感じだった。どんなに研究が重要なときでも、兄さんは俺の誕生日だけは何とかして帰ろうとしてくれてるの俺、知ってたからさ。兄さんの研究所の人たちは凄く迷惑だったと思うけどね…。
それが今年は全然違うんだよ。今まで兄さんしか祝ってくれなかった誕生日が、もっと多くの人に祝われてて。俺、どうしようかと思ったよ!こんなに幸せで楽しい日なんて、今まで経験したことなかったし、それに…「俺って生まれて良かったんだな」って思っちゃったんだもんね!俺、気付いたんだよ。誕生日って『みんなが俺のことを生まれてきて良かったって思ってくれる日』なんだなって!俺は生まれて良かったんだよ!やっと俺はそう思えたんだよ!
…不思議だよね。 俺は綾妃に出会えたことで”生まれた意味”を手に入れられたと思ってた。本当はそれでも不安だったんだ。綾妃だけしか俺のことを必要と思ってくれなかったら?他のみんなにとっては俺は迷惑だったら?…でも、そんな不安ももう消えたよ。みんな、俺の誕生日に「おめでとう」って言ってくれたもんね…!!
「秋雅、だからね、俺も君に伝えたいんだ。秋雅は生まれて良かったんだよって。俺は秋雅が生まれてくれて良かったって思ってるんだよって…」
任さんの笑顔を見て俺は思う。この人は俺達の思っている以上に、本当は不安で仕方がなかった。愛されたくて、認められたくて、この世界に存在したくて、たまらなかったんだって…。笑顔の中にそれを全部押し込めていただけだった。
最初会った時に、任さんのことを認められない俺がいた。でも、今は俺も、任さんがいてくれて良かったと思う。 彼にその思いはちゃんと伝わっているだろうか?
「任さん…。俺も、貴方が生まれてくれて良かったって思います。しかも、96年の11月4日に生まれてくれたことも、凄く良かったって。何故って、同じ神の使いで生まれた日が近い人がいるって、何だか考えるだけで心強くなりません?俺にとっては任さんしかいないんですよ、そんな人」
任さんは驚いてるように見えた。何を言えばいいのか分からないようだった。しばらくじーっと俺の方を見てきた後、任さんはおずおずと口を開く。
「本当に?秋雅は俺のことそう思ってくれてるの?」
俺は笑う。任さんの押し込めていた気持ちが見える。俺は彼の支えになりたいと思った。
「本当です、任さん。俺達、きっと、いい関係になれますよ。そんな気がします」
任さんは笑った。俺の手を勢いよく取った。
「そっかあ!そうだよね!俺達、誕生日凄く近いし、同い年だし、神の使いだし、これって何かあるのかもね?!…あー、でも、俺の”運命”は綾妃とだから……そうか!」
ぎゅっと任さんが俺の両手を強く握る。任さんの目はキラキラしていた。まるで子供のようだった。
「俺達、最高の友達になれるのかもね!綾妃とも、他の人とも違う、特別な関係だよ、秋雅!言うなら…あれか、”親友”ってヤツ!!」
”親友”…この言葉を聞いた時、俺の胸を何かが通り過ぎた気がした。嫌な意味じゃない。暖かい何かが通り過ぎたんだから。そうだ、”親友”なんて俺にとっても初めてだから。
「はいっ、俺達ならなれますよ!」
たくさんの人が、俺のことを祝ってくれる。だからこの日がとても好きだ。それだけじゃない、貴方の誕生日と近いから、これからのこの日はもっと特別に感じると思う。
『秋雅が生まれてくれて良かった』といつまでも思ってもらえるように。『任さんが生まれてくれて良かった』といつまでも伝えられるように。
いいよ、いいな、俺達の誕生日。
おわり