ある冒険者のひとりごと……23 新人は新人へ…

…………



「…そろそろ旅立ちますか……」


「…少し ながく居すぎた……かも……」



ふたりの会話が 滅びの村 を吹き抜ける風に ゆっくりと消えてゆく……



…………





ここは 錬成施設内に新たに造られた 温泉 ……

ワタシはパートナーを伴(ともな)って魔物退治に訪(おとず)れていた……

新たに実装された槍兵(そうへい)に転職した為 実戦経験を積む為でもあった…

槍兵(そうへい)……
両手槍を持ち中距離で戦う職業(ジョブ)…

懐(ふところ)に入られないよう魔法で相手を遠ざけ
槍の間合いで倒す……
そんな戦いかたをする職業……
遠距離攻撃の魔法職や弓兵とも
近距離攻撃の戦士や拳闘士とも戦いかたが違う為 中距離での戦いかたを学ぶ必要があった……


…………


ゲルミやギョルミと呼ばれる魔物が出没する温泉の
入り口に 見知った顔を見つける……


………この間 体験でワタシ達のボンドに入った“彼”だった……

パステルブルーの髪が左目を隠し 暗い緑色の学帽を頭に乗せ 青い学ランの上衣に白ランの下衣 を着ている………



「………こんにちわ
かな…

………………

その服……
なかなか似合っているな……」



「こんにちは…

なかなか 色が揃(そろ)わなくて……」



最近 販売が開始された

“サージュパトリオット”
この時期に販売される通称“制服”
今年の新作である……4色あるが 必ずしもお目当てのモノが手に入るわけではない……

今の“彼”のように色が
ちぐはぐになる事が多々あるのだ………



「…少し よろしいですか?」



「ワタシは かまわないが……」


温泉内に 時おり吹く風に
ワタシの赤い共和国服の
裾がなびいた……


……………



「あなたたちに……はなしが ある……」

茶色の制服の上衣に白の下衣を合わせた
彼のパートナーが珍しく 話しかけてきた……

その赤と青のオッドアイ
に強い意志が感じられる……




「…じつは 僕たち
今日で 貴女(あなた)のボンドを出ようと 思います…」



彼のパートナーも 強く 静か に頷いている………



「………そうか……」


ワタシの頭に巻いたターバンが
温泉の湿気で赤暗く染まる……



「どうして!?
何か あったの?」


青い共和国服のワタシのパートナーが驚きの声をあげる…
2つに分けた白灰色の左髪に差した 簪(かんざし)…
その小さな赤い金魚が
激しく揺れた……



「 :あらま もとのボンドに?」



ワタシ達の会話にボンドチャットで参加してきた声があった…
最近 長い黒髪をオレンジに染めた彼女……
ワタシ達のボンドの古株(ふるかぶ)である……




「ボクたちは 旅人です……

あてもなくフラフラとしているもので…」


「……また……ふたりで旅にでる………」



「 :なるほどー また会うときはよろしくやで!」

「はい!」


「……あたらしい…ボンドを探す……」


ボンドチャットに次々と
文章(かいわ)が浮かび
流れてゆく……


「 :いつでも 帰ってきて ええんやで」



「ワタシ達は……いつでも 歓迎する…」



「ありがとうございます
素敵なボンドに勧誘して くださり…」


「短いあいだ だったけど 楽しかった…」



短い会話の中に いたわりと感謝が感じられた……



「……これから
どうするの?…」


ワタシのパートナーが心配そうに訊(たず)ねる……


「あちこち 歩いてみます…」


「日付け(きょう)が おわるまでは このボンドに所属(いる)………」



ワタシを見つめるオッドアイが 心なしか潤(うる)んでいる様(よう)だった……



「きみっ!!
今日の日替わり(ディリークエスト) 終わってないよ!!」



「……そう だったか?」


「急いで 行くよ!!」

「…ワタシ達は お先に
失礼する……」



「はい!
また どこかで……」


「……またね」



2人は手を振って
ワタシ達を見送る……



「この世界の…何時(いつ)か……何処(どこ)かで……」


「またね〜〜」



ワタシ達も手を振って
彼らと別れた………


新しいボンドが見つかる事を願って………


…………………



……… ー新人は新人へ…ー …………終わり……
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ある冒険者のひとりごと……22 ボンドに新人?…

…………



錬成施設に 露天風呂なるものが完成し
ワタシは すっかり その虜(とりこ)になっていた……


知ってのとおり…
山肌の洞窟に錬成施設は
造られており
その中で石炭を燃やし
鉄鉱石を その熱で融(と)かす……
それを使い 剣等 武器を錬成するのだから
膨大な熱が出る……
その熱を冷やすため
大量の水が必要になる……
ここは豊富な水に恵まれていた
今まで冷却に使い洞窟の外に捨てていた熱水を利用して
施設内に温泉を造ったらしい……


天然の岩肌の上に木の板を敷き詰め板で囲いを そこに温水を溜め
橙(オレンジ)色に光る鉱石を水面に浮かべたそこは 実に居心地が良かった……誰が考案したのか
釣り場まで 設置しており
ここでしか釣れない珍魚
地震なまず(シェイカーナマズ) を釣る事が出来た……
ほかにも
フナ(ウィリスカープ)
チカアユ……も釣れた


石炭 黒鉛 鉄鉱石 銅鉱石 石英 木炭 石灰石 古代の化石…
…しろいもこもこ……
なども針にかかるのだが……



温泉で身体を温め
釣りをする


帳場では
カカオ牛乳で喉を潤(うるお)す事が出来る………



ワタシはパートナーを伴(ともな)って ここに入り浸(びた)っていた……


そんな ある日……



「今日の日替わり(ディリークエスト)に 行くよ〜!!」


パートナーがワタシを招く……



「あ… …あぁ………
そうだな……」



ワタシは 楽園(オンセン)から出たくなかったが……断れば パートナーが悲しげに見つめてくるので
彼女の後に続いて 帳場で 着替える……


赤いフード付きベスト(フラムローグベスト)を上衣に 茶色いミニスカート(ウォームふわもこスカート)
パートナーは異世界のネコが印刷(プリント)された半袖のTシャツに ワタシと お揃(そろ)いの茶色のミニスカート という 楽(ラフ)な格好で 温泉 帳場 脱衣場を後にする……


………


錬成施設内の踏み固められた土の上を
しばらく歩くと見知った顔を見つけた……
パステルブルーの髪で左目を隠した彼は パステルレッドの髪のパートナーと共に 茶羽織浴衣を上衣に寝巻浴衣を下衣で佇(たたず)んでいた……


………


滅びの村で別れてから
彼とは 何度か会っていた
イベント会場だったり
山と海とビーチだったり…
お互いに挨拶し 他愛のない会話をした……
相変わらず 彼は旅をしながら日記(記録)をつけているという………



そして今回も 挨拶を交(か)わす……


「……温泉あがりか?」



「…えぇ 先ほどまで
釣りをしていたのですが

今は ここで涼んでます」



「……そうか

して これから何を?」



「………温泉の 魔物退治を しようか…と考えてます…」


「……レベルあげ……」



彼のパートナーがぼそりとつぶやく
その赤と青の瞳(オッドアイ)が こちらを警戒していた……



「ふむ……

……………

……一緒に行っても いいかな?」


「えっ? ちょっと…
日替わり(ディリークエスト)は?……」



ワタシのパートナーが慌(あわ)てる……



「クエストの最初に“冒険生活″(戦闘5回しよう)がある……

日替わりも ちゃんとやるさ……」


「わかったよ……」


ワタシはパートナーを納得させ 彼の方(ほう)へ向く


「どうだろうか?……」



「……そうですね

一緒に行きましょう」



温泉内には 魔物(ゲルミやギョルミ)が出没する場所があった…
倒すと“温泉石″が手に入る……

脱衣場のある温泉帳場で
武器を合成する為のアイテムと交換出来るのだ……



脱衣場で …おしゃれバスタオルを胸に巻き 温泉セットを頭に乗せ… 入浴スタイルにワタシとパートナーは着替えると
魔物が出没する場所(エリア)に移動した……


…………


「……これは…」


「人が多いね……」



「やはり……混んでますね」


「………これは むり…」


芋を洗うような……
とは この事か…

出没している魔物より
冒険者の方(ほう)が多いのでは?……
という風情(ふぜい)である……



………



「……ワタシのボンドに入らないか?

ボンドモード なら
ゆっくり狩りが出来る……」


思い付いたことを 口にする………



………えっ?



ワタシを除く3人の視線が集中する…


「あっ…

……その

……ワタシが

そちらのボンドに入っても……

……いいのだが…」



ここは混浴 なので当然
異性も一緒に入ることになる……

タオル一枚とは言え 異性に肌をさらしている事に変わりはない……
下にはオニパンツを履いてはいても なんだか 落ち着かない………

いったん意識すると
恥ずかしさが こみ上げてきた……

……

彼は 考え込んでいるのか 無口だ…
彼のパートナーも彼の影から じっと ワタシを見ている……

彼の回答を待ってか
ワタシのパートナーも
黙ってワタシを見上げている………



………恥ずかしい

自分の言動と今の格好に…
羞恥心が ふつふつと沸き上がり
温泉内の室温以上に体温が熱く感じられる……

相手の回答を聞くまで
動くわけには いかない……

流れ出る汗は 温泉のお湯の熱さだけではなかった……


………



「……決めました

貴女(あなた)のボンドに僕たちが入りましょう……


あくまで体験入会としてですが……」



彼のパートナーも こちらを にらんだまま 小さく頷(うなず)く……



「……あっ…

あぁ……

こちらこそヨロシク…」



やっとワタシの周りの時が動き出した…



「……では

…………………

ボンドマスターたる
我が名のもと…

そなたを 我らがボンドに
迎え入れよう……

良きメンバーたらん事を………」


ワタシは厳(おごそ)かに
宣誓し 彼をワタシのボンドに迎え入れた………

はずだった……


「あっ 知らない人の名が!!」


パートナーが
驚きの声をあげる……


「 : なにごと?」



ボンドチャットに
ボンドメンバーの書き込みが浮かび上がる…


……!!


そう ここはマルチch(チャンネル)……

ワタシ達以外の冒険者が往来する……



「あわわ…
間違いました すみません…」



慌(あわ)てて メンバーリストから知らない人の名を削除して
頭をさげる……



「いえ 気にしないでください…」



どうやら 許してもらえた……


……は 恥ずかシぬ……



今日のワタシは どうか している……



呆然と しただろう彼に
ワタシは向き直り

今度は手続きを間違えずに……


「改(あらた)めて……我がボンドにようこそ!」


ワタシの笑顔は ひきつり
額には 先ほど までとは
うってかわって冷たい汗が浮かんでいた…………




…………… ーボンドに新人?ー …………終わり…
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