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おがふる

男鹿はよくキスをする。それも唇が触れるだけの優しく、稚拙なものだ。唇を割り、舌を絡ませるキスもするが、それは性交の合図のようなもので、触れるだけのキスのほうが圧倒的に多い。体はとっくに男鹿のものだ。髪も瞳も唇も指も心も―――これから先の未来でさえも。


男鹿がキスの雨を降らせる。髪に始まり、額、瞼、頬、鼻先、唇。優しく柔らかいそれにきゅう、と胸が甘く軋む。
「(昔の詩人だか哲学者が言ってたっけ…。どこにキスするかで好意の意味が違うって…。)」
ぼんやりと男鹿のキスを享受しながら考える。男鹿が古市の白い首筋に唇で柔らかく触れる。
「(愛情友情好意欲望―――…。それ以外は狂気の沙汰だっけ…。…男鹿は感情の全部を俺に向けてるのかなあ…。)」
「…おい。」
古市は不機嫌を隠そうともしない男鹿の声に引き戻された。声だけでなく、その顔も明らかにむっつりとしかめられていた。
「なに?」
「ぼけっとしてんじゃねーよ。…気ぃのらねえんなら言えよ。」
男鹿が強引に行為を進めたことなど実は一度もなかった。古市の気分がのらない時にも無理強いしたこともない。古市としては我慢はなるべくさせたくないのだが如何せん体力差が著しいので男鹿の優しさに甘えっぱなしだ。
「そうじゃねーよ。ただお前ってキス好きなのかなあって思って。」
男鹿がぐっと押し黙る。古市はその様子に首を傾げた。あれだけの、それこそ回数など数えるのがうんざりするほどのキスをしておいて実は好きでもないのかと男鹿を凝視してしまう。それをどうとったのか、男鹿が少し唸った後、口を開いた。
「…だって…、」
「ん?」

「ここくらいなもんだろ。俺がお前を傷つけないの。」

傷つける?お前が俺を?


古市はびっくりして目を瞬かせた。ただでさえ大きな瞳が見開かれて落ちるのではないかと男鹿は見当違いな心配をした。
「どういうこと?」
「…だから、…お前ひょろひょろだし体力ねーし力ねーし…俺が腕とか握ったら折っちまいそうだし…。下手に触って怪我させたら意味ねーだろ…。」
一生懸命男鹿は言葉を紡ぐ。確かにありえない話ではないのだが、俺そこまで弱っちくないからね?という古市のツッコミは最後に呟かれた、大事にしたいのに大事にできなかったらそれこそ本物のバカだろう、の一言に胸を射ぬかれ飲み込むこととなった。顔から耳まで真っ赤に染まる。ついでに心臓もばかみたいに稼動する。
…もしかして、ディープキスしないのも、それ?
一度慣れない頃にした深いキスで男鹿の歯がぶつかって古市の唇を切ったことがあった。互いにするのが初めてだったせいもあり、勝手がわからなかったのだ。古市が照れ隠しに血の滲んだ自身の唇をさっと舐めながら「いてーよ、ばか」なんて言ってしまったのも一つの要因かもしれない。
真っ赤に染まったであろう顔と跳びはねる心臓をどうにか抑えようと古市は男鹿の肩に擦り寄った。体温が上がってしまっているからばれそうな気がしたがこの顔を見られるよりはマシだと古市は自分に言い聞かせる。
「…古市?」

ああもう、ちくしょう。

「男鹿。」
「あ?」
「好き。」

反応が返ってくる前に、古市は男鹿の唇を塞いだ。
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