「ここか」
翌日、日向は東京に居た。
昨日の電話の通り、わざわざ人形焼を買い、新しい自分のマンションへと辿り着く。
「それにしても、やっぱ東京は人すげーなぁ」
そんな事を呟きながら、部屋の鍵を開けた。
「荷物、もう運んである。・・・にしても、こんなに多かったっけ?」
部屋に入れば、溢れんばかりのダンボールが出迎える。
荷解きは明日にするか、なんて考えながら、部屋の中へと足を進めていった。
「よぉ、遅かったな」
「だって、お前が人形焼買えとか言うから・・・って、はぁ!?」
いつも聞きなれた声に話しかけられ、思わず会話をしてしまったが、振り向けば、そこにはここに居るはずのない影山の姿があり、日向は思わず大きな声を出してしまった。
「うるせぇよ。近所迷惑だろ」
「だ、だ、だ、だって、お前・・・なんで、ここに居る!?」
「はぁ? お前が自分でこの場所教えたんだろ。合鍵も貰ったし」
「そうだけど。いや、だからって・・・な、なんで?」
「部屋見てわかんねぇの? 引っ越してきたから居るに決まってんだろ、ボケ」
「引越しって・・・なんで、それが東京に居るんだよ! お前はあっちで就職決まってただろ!」
部屋を見れば、確かに日向の物じゃない荷物が紛れていたが、ここは東京。
影山は地元で就職が決まっているはずなのに、驚かない方がおかしい。
「あぁ、それか。断った」
「はぁ!? なんで!?・・・あ、結婚断ったからか!」
「まぁ、それもある。社長はそれでも来てくれって言ってくれたけど、期待させるだけさせて、結局俺は日向を選んだ。もうあそこには居られない」
「だからって・・・」
「それに、もうお前と離れるのは嫌だ。だから、東京に来た。こっちで仕事も見つけた。ほら」
そう言って、影山は会社のパンフレットを差し出してきた。
「ここ、俺の会社じゃん!」
「だから、俺もここに住んだ方が近いし。文句あるか?」
「な、ないです」
なんだか上手く丸め込まれたような気がしないでもないが、これからも影山と一緒に居られるという事がただ嬉しかった。
「じゃあ、飲むか?」
そう言い、影山は冷蔵庫からビールを取り出してきた。
「おう、サンキュ」
ビールを受け取り、ソファに腰掛けると、その隣に影山も腰を下ろした。
あの時、日向の家にあったソファと同じもの。
でも、今度は変な距離なんてなく、少し肩が触れ合うと、日向は小さく笑みをこぼした。
「何笑ってんだよ」
「だって・・・このソファでこんな近くに影山が居るのが・・・すげー幸せだなって思って」
「・・・ボケ。これからはずっと近くに居るだろ。いちいちそういう反応されると困る」
「へ?」
「・・・すぐに抱きたくなるって言ってんだよ!」
「だ・・・へっ!?」
あまりにも唐突な発言に思わず驚いてしまうが、付き合っているのだから、そういう事があっても不思議はない。
「心配しなくても、すぐにシたりしねぇよ。告白して逃げられた事考えりゃ、こんなのいくらでも待てる」
「ぅっ・・・それは・・・ほんと、ごめん」
「・・・何、マジな顔してんだ、ボケ、日向、ボケ」
「いや、だって・・・やっぱり逃げ出したのは・・・最低だったなって・・・。もし俺が影山だったら、絶対立ち直れないし・・・」
「・・・悪いと思ってんなら、もう二度と俺から離れていくな、ボケ」
「え?・・・うん!」
そう言った影山の顔は真っ赤で、日向は改めて今が幸せだ、と噛み締めた。
「あ、人形焼、食う?」
「おぅ」
「ってか、なんで人形焼?」
「前にテレビで見て美味そうだったから」
「ってか、そもそも自分で買いに行けよ」
「・・・めんどくせぇ」
ビール片手に人形焼を食べながら、今こうして何気ない話をしながら笑っていられるのもあの過去があったからなのかもしれない、と思った──。
END
【あとがき】
切甘書きたくて思いついたんですが、結構長くなりました。
またこの続編も書けたらな、と思ってるので、また読んでくれると幸いです。
2016/05/25
神奈木