11/02 22:53

 時計を見ればもう日も跨ぐというのに、目の前の道を行き来する人々の群れは減る気配がない。店のネオンと街灯とが照らす中、ゾンビや魔女のコスプレに身を包んだ若い女のグループや、何故か特攻隊服で揃えた男たちなど、明らかに周りと違う格好の人間が混じって当てもなく歩いている。酒でも入っているのか大声で喚き、スマホで写真を撮って笑う。
「……まるで地獄だな」
 隣からうめき声がした。自販機の隣、シャッターの閉まった店の前、下に目線をやれば大王がしゃがみ込んでいる。
 大王がうめくのも無理はない。
 僕たちは、地獄から逃げ出した死者を連れ戻すべく十月三十一日の都内某所に降りてきていた。
 結果として、つい先程対象を確保してまた地獄に送り返すことはできたのだが、人が多すぎて揉みくちゃにされるわコスプレのクオリティが高すぎて発見まで時間がかかるわで散々な目に合ったのだ。
 普段人間界に降りるときは人間側からは自分達は見えないのだが、今回は話を聞いて回る必要があったため、実体を持つ人の身体で行動していた。ここまで変装している人が多ければ、角があってもなにも気にされなかっただろうなと思いつつ、大王の腕を掴んで立ち上がらせる。
「ほら、もう終わったから帰りますよ」
「ええ…頑張ったから、お菓子かイタズラ…貰えるんじゃなかったっけ…」
「どんなハロウィンだよ! イタズラ貰ってもしょうがないだろ! さっさと立てって!」
 ぐい、と軟体生物のように力が入らない彼を引っ張り上げる。ややふらつきながら立ち上がった大王は、鬼男くん、と呟くように言った。
 まだ何かあるんですか、と振り向いた顔を撫でられて、最後まで言うより早く唇が塞がれて、すぐに離される。大王に口づけされたのだと理解したのは、彼がしてやったりという顔で笑っているのに気づいてからだった。
 かあ、と顔が熱くなる。
「…ちょっ、と、何してんだよ!」
「お菓子くれなかったし…それに誰も気にしてないから」
「それは…!」
 はっとしてあたりを見回すと、さっきと全く変わらない風景が流れていた。みな、祭りで浮かれていて他のことなんて全然気にも留めないのだ。側から見れば、ただの酔っ払いの戯れにしか見えないのかもしれない。
 それでも羞恥が勝る。こんなに人がいるところでキスしたことなんて、今までなかったのに。
 大王を睨みつければ、さっきまでぐったりしていたのがイタズラが成功して気を良くしたのか、くるりと踵を返して歩き出した。百鬼夜行の中に消えてしまう前に、慌てて後を追いかける。もうとっくに日付は超えていたけれど、この地獄はまだまだ明ける気配もないのだ。



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